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COLLEGE OF INDUSTRIAL TECHNOLOGY 50th ANNIVERSARY思い出昭和60年、当時大阪市立大学の大学院後期博士課程に在籍していた私に、恩師の先生から本学の電気工学科の教員のお話がありました。突然ではありましたが、....

COLLEGE OF INDUSTRIAL TECHNOLOGY 50th ANNIVERSARY思い出昭和60年、当時大阪市立大学の大学院後期博士課程に在籍していた私に、恩師の先生から本学の電気工学科の教員のお話がありました。突然ではありましたが、運命のようなものを感じ、その年の4月から赴任することとなりました。その年は電気工学科が2コース(電気工学、電子工学)に分かれた時で、女子学生も入学されました。それまで工学部一辺倒だったので、女子学生が学んでいることに驚いたことを覚えています。またさらに1年後には情報処理コースができ、学生数もまさにうなぎのぼりで増えていき、訳も分からないままに色々なことが進んでいった様な感じを持っています。特に、私自身それまでずっと学生をしていましたので、「学生に教える」といった行為をどうすればいいのか全く分からないところからのスタートでした。本学で学生と接する事で私がどのように変わっていったのかを綴ってみたいと思います。最初は、学生の顔は全く見ることができず自分勝手な講義をしていた気がします。企業派遣生が多来るだけ難しく見えるように話すだけで精一杯でした。この頃は自分の知識を伝える事が大切だと考えていました。私より年上の学生がいることに驚かされましたし、卒業研修(当時は特別研究)で遅くなってもいつまでも帰らない学生にも嬉しい悲鳴をあげていました。何にも増して教員と学生の距離が非常に近い事が教師になった喜びを感じさせてくれました。その辺りから学生と一緒に考える事、学生の立場で考える事が大事であると思うようになってきました。その後は情報処理工学科へ移った事もあり様々な考え方を持つ学生と向き合う状況が多くなりました。その経験から教えるという事は学生と教師が同じ空間を共有する事、同じ目線で物事を考えることで成り立つものだという事を学んだ気がします。まだまだこれからも教えるのではなく教えられる事が多くあると考えています。今後、産業技術短期大学のますますの発展に向けて努力を続けていく所存です。かったこともあり、とりあえず知っていることを出情報処理工学科教授佐藤清次91