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COLLEGE OF INDUSTRIAL TECHNOLOGY 50th ANNIVERSARY産業技術短期大学の思い出最初に、本学の学生生活で体験した私の思い出を紹介します。私は、鉄鋼大手五社から派遣された学生の一人でした。49年前に鉄鋼科に入学....

COLLEGE OF INDUSTRIAL TECHNOLOGY 50th ANNIVERSARY産業技術短期大学の思い出最初に、本学の学生生活で体験した私の思い出を紹介します。私は、鉄鋼大手五社から派遣された学生の一人でした。49年前に鉄鋼科に入学し2年間学んで卒業しました。全員企業派遣学生による青雲寮での全寮制度でした。これは、「同じ釜の飯を食う」という本学設立の主旨に沿うものでした。すなわち、全員が寝食を共にして共同生活することにより全員一丸となって事を成しやすい素地を醸成する考え方でした。当時、学内には空調機器が設置されていませんでした。受講のときに先生と学生は夏には下顎から汗がポタポタとノートの上に摘り落ちるので悪戦苦闘しました。冬には厚手のジャンパーを着込んで椅子の上に座蒲団を敷いて寒さを防ぎました。この体験により自然環境に近い教室で学ぶべき必然性を体得しました。科目の予習復習時間と受講時間を合わせると16時間/日以上机に向かうのが当り前のことでした。未明の4時頃まで毎晩のように部屋の窓から灯りが消えませんでした。NHK相撲解説者の元横綱大鵬さんが身の引き締まることを発言していました。角界に入門後十両に昇進するまで土俵の上に板切れにせんべい布団を敷いて寝ていたということです。恵まれた環境で学べることに異論を唱えませんが、恵標に到達できないのでは…。さらに、当時本学ではすべて必須科目であり全科目に全力投球が強いられる忍耐力が必要でした。また、環境が実作業生活から大学生活に変わった者にとって実験を指導して頂いた先生と理想を語ることにより理想という純粋さのもつ価値感が体験できました。「ゆとり科目」でした。この忍耐力とゆとりの寛容力により派遣企業((株)神戸製鋼所)の業務遂行上の不安感が払拭できました。つぎに、私は本学を卒業後派遺企業に復帰した後、本学の非常勤講師に迎えていただき14年間教鞭に立ちました。その間の思い出を記します。講義の際に先生の知識の投げ売りは、本学学生の真のニーズを満足させないことを学生に教えてもらいました。これは貴重な体験でした。すなわち、「教えることは学ぶことである」という哲理に目が覚めたということです。本学は、在阪大学で初めて科学/技術/工業英語を独立科目として設けました。私がこの講座の担当を命じられ14年間この任務を全うしました。この先進思考は、私の方向性と同じであり強く印象に残りました。受講生が卒業後国内・国外業務で国際競争力に打ち勝つためにこの英語力の活用を切望しています。まれすぎた環魔に麻痺してしまうと、初心の達成目鉄鋼科卒業尾崎宗人99