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COLLEGE OF INDUSTRIAL TECHNOLOGY 50th ANNIVERSARY学生寮管理の思い出平成3年4月から15年間事務長として勤務した私は、赴任当初学内の敷地が非常に広いことに驚きました。学生寮においても開学当初から全寮制であ....

COLLEGE OF INDUSTRIAL TECHNOLOGY 50th ANNIVERSARY学生寮管理の思い出平成3年4月から15年間事務長として勤務した私は、赴任当初学内の敷地が非常に広いことに驚きました。学生寮においても開学当初から全寮制であったこともあり、敷地・建物共に大きく、各施設が寮の側にあって寮生にとっては便利な構成になっていると思いました。私が赴任した時には、企業派遣生+一般生の状態に変わっていましたが、それでも寮生数は300人程度と多く、特に全寮生室212室に対して300人の寮生ですから個室・2人室の割り当てについては気を使いました。最も大きな出来事は平成7年1月17日にあった阪神・淡路大震災です。当日は3連休明けの早朝でしたから寮建屋と寮生の状況が心配で早く出勤しなければと思っていましたが、交通手段が儘ならず着いたのは当日の夕方でした。幸いに建物に大きな問題はなく寮生も無事でした。また、内部の備品等の倒壊は寮長がリーダーとなって整理してくれていました。問題は学内の全部が断水したことによる学舎への水の供給でした。寮の井戸水は飲料水としても使っていたので工事業者と相談し、これを学舎の2号館給水塔迄臨時に配管を設け、全館への給水を可能にしたことでした。但しこれには、井戸水は寮の生活用にも必要なわけで、毎日バルブの切り替えで、学舎と寮に分配していました。この復旧工事は大学運営の早期再開に大きく貢献したと思っています。また、震災の日から近隣の方々が避難を要望されたので、体育館別館(武道場)をその場所として提供し、54名を受け入れ約1週間居られました。その世話も食料・暖房・毛布等の手配などなど結構大変でした。もう一つの大きな出来事は平成9年から2年を掛けて寮生室の個室化、洗面所・便所の大改造工事を施工したことです。震災、老朽化、時代の趨勢等から実施したものですが、改造計画、工程、その間の部屋の割り当て等、これも大変な工事でした。今想えば懐かしくもありますが、やって良かったな一と思っています。川口二三一(事務局)溶接構造工学科の設立本学創立50周年にあたって、心からお祝いを申しあげます。私が本学に奉職したのは、本学創立の1962年6月1日でした。最初の所属学科は、鉄鋼科でしたが、1971年4月に溶接構造工学科が設立されたので、新設の学科に移籍しました。新設学科の設立準備は1970年頃から鉄鋼工学科(旧、鉄鋼科)の元教授、伊佐重輝先生のもとで行われていたので、私も当初から設立準備のお手伝いをすることができたことを、大変光栄に思っています。私は、学生実験のテーマと、そのための設備の検討を主にやっていたので、大阪大学の溶接工学科へ何回も出向いて、実験と設備の見学を行いました。その他、構造工学科を設置している大学からも資料をとりよせ、いろいろ検討をしました。その結果、有用な最新の設備を導入することができました。それらの設備の中で、再現溶接熱サイクル装置を購入できたことが最も興味深いことでした。この装置は、溶接熱サイクルの温度と時間と応力を同時に再現ができます。この装置を利用して、種々の学生実験におおいに役立てました。また、私自身は、この装置を利用して、「鋼溶接部の再熱割れに関する冶金学的研究」のテーマで、約7年間を費やして、多くの論文を発表し、1978年には、大阪大学より、工学博士の学位を授与されました。これは、ひとえに本学のご理解とご支援の賜物と感謝を申しあげます。思い出は、まだまだ沢山ありますが、紙面の都合上で割愛させていただきます。私は、2007年3月に本学を退職し、現在は、読書や囲碁を楽しみ、また、スポーツクラブに通って心身を鍛え、元気に過ごしています。本学創立50周年の実績の上に、本学が益々ご発展されますようお祈り申しあげます。菊地俊郎(機械工学科)75