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COLLEGE OF INDUSTRIAL TECHNOLOGY 50th ANNIVERSARY産業技術短期大学は私の出発点私は創立初期の昭和38.4.1~50.3.31の間、鉄鋼工学科に勤務させて頂きました。産業技術短期大学の50年の長い歴史において、たか....

COLLEGE OF INDUSTRIAL TECHNOLOGY 50th ANNIVERSARY産業技術短期大学は私の出発点私は創立初期の昭和38.4.1~50.3.31の間、鉄鋼工学科に勤務させて頂きました。産業技術短期大学の50年の長い歴史において、たかだか12年間で、ペエペエでほとんど何も大学に寄与しなかった若輩だった者が執筆させて頂くことは非常に光栄で、感謝しております。採用されたときは20歳で、その時の辞令は関西鉄鋼短期大学の名称で、実験を補助する教務技師でありました。その後、関東に併設されることがなく、鉄鋼短期大学となったことを記憶しております。通勤が遠いので大学に無理を言って、5月頃より青雲寮に入れて頂きました。青雲寮では私より年上の鉄鋼工学科1期生の方々に人生観、鉄鋼業界の状況などを教えて頂き、また飲食、麻雀など色々お世話になりました。今では懐かしく思い出されます。そのような状況で半年ほど過ぎて、顕微鏡組織実験後の雑談で鉄鋼工学科1期生の山中勝義さんから君は今後どのような将来を考えているのかと尋ねられました。私は返答に困り、考えた末に近畿大学の夜学に通うことを決めまして、青雲寮を出ました。このように二足の草鞋を履きながら、当時岩井助教授の非金属介在物の化学分析を主にさせて頂きました。その後、無事に大学を卒業し、昭和50年まで助手を務めさせて頂き、縁がありまして大阪府立大学へ就職致しました。平成2年に名古屋大学より工学博士を頂きました。一方、平成7年に国費でイギリス、Cambridge大学Material scienceに半年留学致しました。その折に、Prof. Brouner(孔食の権威)に拙い会話で鉄鋼短期大学を知っているかと尋ねたら、熟知されており、何かしら満足感が得たのを覚えております。最後になりますが、現在機械工学科、講師竹内誠一氏は平成11年度に私の卒業研究生で、優秀な学生であったので推薦させて頂きました。以上ですが、遠い過去とおぼろげながらの記憶力によって自分史的な感覚で述べさせて頂いたことをお許し下さい。このように産業技術短期大学は私にとって人間的に、学問的にも出発点であることは間違いのないことです。今後の産業技術短期大学の益々のご発展を期待しております。辻野文三(鉄鋼工学科)81