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今月の言葉(第32回)

   早春                               

      春は名のみの  風の寒さよ
      谷の鶯      歌は思えど
      時にあらずと   声も立てず
      時にあらずと   声も立てず
      
作詞 吉丸一昌、作曲 中田 章

 

 よく知られている文部省唱歌の"早春賦(そうしゅんふ)"です。1913年(大正2年)に文部省唱歌に選ばれていることを考えると、ずいぶん古くから歌われてきた歌であったということがわかります。立春(2月4日頃)といえば、多くの女性がこの歌を思い出すといわれるほど、女声合唱などでは定番の有名歌なのです。このように過去形で書いたのは、今の小中学校ではこの歌を教えないので、諸君の多くはこの歌を知らないだろうと思うからです。
 作詞家の吉丸教授は、立春の頃長野県安曇野(あづみの)を訪れ、その穂高の山すその村の寒さと春の暖かさを詩にしました。作曲家の中田章は有名な中田喜直("夏の思い出"、"ちいさい秋見つけた"、"雪の降る街を"などの作曲者)の父親です。"賦"というのは、もともと中国で古くから用いられてきた文体を表す言葉で、いわば漢詩と散文の中間に位置する文体をいいます。(この歌は春の訪れへの期待感を歌ったものですが、モーツアルトの"春への憧れ(K596)"や"ピアノ協奏曲27番変ロ長調(K595)第3楽章"との曲想やメロディーの類似性が指摘されています。)
 春とは名ばかりで、まだまだ風は寒い、と詠うこの歌詞は、少年少女にはやや難しいかもしれませんが旋律は心に残る優しさに満ちています。この歌を口ずさむだけで、すこしだけれど暖かさに近づくような気がします。しかし、例年この時節は日本列島に冷たい寒気が流れ込んで寒さ厳しく、日本海側を中心に各地で大雪に見舞われます。それでも立春をすぎれば冷え込みも余寒と呼ばれるようになり、やがて"水ぬるむ"といわれる時期が来るのです。
冬から春へと移り変わってゆく頃を詠ったいくつかの歌を引用することにします。
 
      漢詩 「梅花」      王安石 (中国宋時代の大詩人、政治家)


    墻角(しょうかく)   数枝(すうし)の梅(うめ)
    寒(かん)を凌(しの)ぎて 独(ひと)り自(みずか)ら開(ひら)く
    遥(はる)かに知る 是(こ)れ雪(ゆき)ならざるを
    暗香(あんこう)の来(き)たる 有(あ)るが為(ため)なり


(塀のかどに数本の梅の枝が見える。他の春の花はまだ咲いていないが、梅は自分ひとりだけでひらいていく。遥かに離れていてもそれは雪ではないことがわかる。そのわけはどこからともなく漂ってくる香りがあるためだ。作者の王安石は、科挙制度の改革を図ったが失敗に終わった大政治家。)
我が国の短歌、および俳句から数首挙げます。

 

  春立つと いうばかりにや みよしのの 山もかすみて けふ(けさ)は見ゆらむ

(雪深い吉野の山さえも、今日は霞がたなびいてみえます。これは、今日が暦のうえで立春だということだけで、めっきり春めいて見えるのです。作者は壬生忠岑、和漢朗詠集より)。

 

  春の夜は 軒端の梅を もる月の ひかりもかをる 心ちこそすれ

(梅の花は闇に隠れているのに、どこからともなく清清しい香りが漂ってきます。梅を漏れてくる月光も花の香りに染まっているという、極めて繊細優雅な歌です。作者藤原俊成は天才的技巧派です。)

 

  赤い椿 白い椿と 落ちにけり

(赤い椿の木の下に赤い椿が、白い椿の木の下には白い椿が、ポツンポツンと落ちています。春まだきです。正岡子規の親友の一人、河東碧梧桐の作です。)

 

  斧入れて 香におどろくや 冬木立

(冬枯れの林で、木を斧で切ってみると木の香りがプンと漂った。表面は枯れていても木の中では生命が躍動しているのです。江戸期の名匠 与謝蕪村の作です)

 

  長々と 川ひとすじや 雪野原

(雪の朝、野や畑、道も全て、雪野原になってしまっている。その中をひとすじ、川だけが長々とうねって流れている、という雪景色をうたっています。江戸期の俳人 野沢凡兆の作。)

 

 本稿のキーワードは"早春"です。日の光は未だ淡く、風は身を切るほどに冷たい。しかしなんとなく季節が春に向かっているのを確信させるような気分が漂う、そんな早春という季節が私はたいへん好きですが、印象に残っている小説があります。藤沢周平の"消えた女(彫師伊之助捕物覚え)"という小説です。
 版木の彫師伊之助が仕事を終え、家に向かって帰る場面から物語は始まります。時節は秋。

 

 「外に出ると、日が落ちるところだった。日は町の高いところに移り、木の箱や寺の屋根瓦の端に、昼のかけらのような光を残しているだけで、町の底には白っぽい日暮れの色がたまり始めていた。その白い光の中を、夜の食いものを買いに出た女たちや、仕事帰りの男たちが歩いていて・・・・・・・・」

 

 伊之助はもと凄腕の岡っ引きでしたが、逃げた女房が男と心中したという過去を引きずっており、今は彫師の仕事に専心しています。そこに今は老いた元の同僚が訪ねてきて、娘の"およう"から助けを乞う文が届けられたので助けてほしいと頼まれます。彫師としての仕事の傍ら、おようという行方不明になっている娘を追っているうちに、だんだんと深い闇の中に誘い込まれてゆき、幾度も危ない目にあいます。十手を返上している伊之助は徒手空拳、孤独な私立探偵です。江戸の暗黒街はえたいが知れない。その闇は底の知れないほどに深い。種々の事件が複雑に絡み合いますが、悪戦苦闘の末、そして何度も襲われながらもようやく謎をとき、迷路のように道が入りくむ、夜には岡っ引きも踏み込めない深川の岡場所にたどりつきます。そして、そこで病に倒れ、路地奥の長屋の一室でいき絶え絶えに寝込んでいるおようを発見します。彼女は別人のように痩せこけており、子供のように軽くなっていましたが、伊之助が助けに来たとわかり涙を流し始めます。立ちはだかるワルどもも、伊之助の気迫に押されて手も出ないありさまです。そして次の最後の一文が続きます。

 

 「おようはふるえながら、しっかりと伊之助の首に手をからませて眼をつむっていた。空き駕籠が来るのを待ちながら、伊之助は早春のひかりの中に立ち続けていた。」

 

 この最後のシーンは秋から始まった探索が、早春の時期に終わったことも暗示していますが、なによりも十手を当てにせず、独力で歩むことを進めた伊之助の心意気を表しています。早春の淡い光の中で、一仕事終わった、自分の思いどおりに仕事をすすめて、それが終わった。と立ち続ける伊之助の姿に、作者は一人立ちの強い男の生き方を見ているのではないでしょうか。

 

 伊之助はハードボイルド探偵"リュウ・アーチャー"に擬せられて語られています。藤沢周平もそれに言及して、"世界から詩を汲み上げる心情と深い人間洞察の眼、それと主人公のシニカルな心的構造が釣合ってハードボイルドが誕生する"といっており、アメリカのハードボイルド物の作家"ロス・マクドナルド"の影響を隠してはいないようです。(了)

2012年02月15日

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